第1回『クライング 亜生命戦争』1992年
今回から始まった、SiFi-TZKのゲームデザイン再訪記。
なにをやるかはこのブログについてを見ていただくとして、最初の一本は、知る人ぞ知るこのゲームから。
(2023/05/13に、本作のディレクター磯田重晴氏からいただいた情報を追記)
タイトル 『クライング 亜生命戦争』
プラットフォーム メガドライブ
発売日 1992年10月30日 セガ・エンタープライゼスより発売
ゲームジャンル 横スクロールシューティングゲーム(2人同時プレイ可能)
2023年現在のプレイ環境 実機、海外Switch(SEGA Genesis Classics)、Steam
『クライング 亜生命戦争』画像
セガ バーチャルコンソール対応タイトルのページより
当時の市場と企画の成り立ち
本作は元々、電話回線を使って遠隔地とデータをやり取りできる周辺機器「メガモデム」をアピールするための企画でした。
現在のネットゲームのように「離れた場所にいるプレイヤーと2人同時プレイで遊べる!」がウリだった筈が、開発途中にメガモデムの仕様が半二重通信しかサポートしていないことが判明、急遽ただの2人プレイ用シューティングゲームとしてリリースされることとなったそうで、この時期のセガでは珍しいノンIPの家庭用オリジナルシューティングゲームがセガ内部開発として唐突にリリースされたのは、上記の事情に依ります。
本作のゲーム部分は実は外部制作チームからの持ち込みで、セガ側の担当者marsh氏によると、最初の打ち合わせで「メタボールで作ったキャラが動き回るシューティング」というコンセプトが伝えられたそうです。その制作チームの高い技術力によって、本作は巨大キャラに多関節アニメーション、なめらかなモーフィングを行うキャラなどなど、当時のビッグタイトルと比較してもそん色ない映像表現を実現しています。
先日 https://t.co/mwGajXiEUA お話しした「クライングのX68kプロト版」、今日の宴会にほりいさんが来るということで、準備させて頂きました…さすがにここではエミュですが :D pic.twitter.com/Ox9boFZ9NI
— 後藤 浩昭 / GORRY (@gorry5) 2019年9月26日
https://twitter.com/gorry5/status/1177217864320765953
退廃的な世界観は発色数に制限のあるメガドライブのグラフィックで更に画面の印象を地味にしていますが、描き込みは細かく、なめらかなアニメーションと合わせて熟練の職人芸が堪能できる作品となったのではないでしょうか。
開発体制・期間
いまはなき大鳥居のセガ本社から徒歩10分ほどの場所にある、東糀谷のPKビル(2023年現在は現存しない)にあったセガCS1研で本作は開発されています。自分がプロジェクトに参加した1992年4月末では森林面(3面)が動いており、街面(2面)、洞窟面(4面)、海面(5面)などが順に制作されました。ボスが出ない練習ステージとしての意味合いが強い1面はかなり後になってから作られましたが、これにはセガ・オブ・アメリカからの「面をもっと増やせ」という要求から急遽追加されたもので、同年7月末くらいにゲームはほぼ完成していました。
先ほど引用したツイートのリプライ欄によると、X68000の『スターウォーズ』(1991年)やSuper32X/サターンの『ステラアサルト/SS』(1995/1998年)などで知られる土田康司氏や後藤浩昭氏も本作のプロトタイプ制作に参加されていたようですが、自分が参加したころは磯田重晴氏がセガに常駐して一人でプログラムを担当していました。磯田氏は本作以前にX68000版のファンタジーゾーンやイースの移植に参加し、のちにセガのサウンド子会社ウェーブマスターの重鎮として活躍しています。本作当時の磯田氏はフリーランスとして氏の私物のX68000をセガに持ち込んでプログラムを組み、自家製I/FボードでパラレルI/Fでメガドライブ開発機に接続して動作させる、という作り方でした。磯田氏の兄、健一郎氏も作曲等で本作に参加しています。
ちなみに、これはかなりイレギュラーな開発環境で、他の同時期のCS1研のゲームは普通にICE(CPUの動作をエミュレートし、内部動作を可視化・制御できる機器。高価)を使用して開発されています。
本作のグラフィック作成はCS1研のデザイナー陣ですが、大作『ファンタシースター 千年紀の終りに』(1993年)の制作期間と重なったこともあり、一部のスタッフのみの参加となっています。実作成にはおもにMacintoshが使われており、セガ内製のグラフィックツールである「デジタイザー3」が使われています。また、洞窟面や海中面などに見られるムニュムニュしたCGの敵などは、グラフィックの松浦氏がSGI(Indigo?Iris 4d)を使って作成していたことを覚えています。
本作のスタッフロールに「DIRECTED BY」で掲載されるディレクターは磯田重晴氏(Kazumi Nasu名義)であり、本作は「セガオリジナル」というよりは、磯田氏ら外部スタッフの作品をセガCS1研が協力して作り上げたもの、と言えるかもしれません。
(以下2023/05/13追記)
X68000でのプロトタイプ版のゲームデザインには、チームの前作であるX68000版イースの移植スタッフの意見が反映されているそうです。
磯田氏以外のオリジナルスタッフでメガドライブ版に参加したのは中川徹(TONBE)氏、妹尾真一(Senoko)氏、磯田健一郎(Hiroshi Mikatabara)氏で、中川氏がゲームデザイン・メインプログラム・サウンドドライバ・各種ファームウェアおよび開発ツールとゲームの1/3ほどのステージ実装を、妹尾氏がメタボール等でのオブジェクト制作を、磯田健一郎氏が作曲とシナリオを担当されたそうです。
磯田重晴氏はディレクターのほか、SEの制作とBGMのデータ化、ゲームの2/3のステージ実装も手掛けており、開発機であるX68000から繋ぐメガドライブ実機の改造など、ハードウェアも担当されています。
『クライング』のゲームデザイン
本作は操作系がかなり特殊で、攻撃・防御の双方とも「方向キーのみでの、自機の移動とオプションの方向決め」を要求される、敷居の高いデザインと言えるかと思います。
通常ショット:ボタンの連打。オプションからも同時発射
溜め撃ち:ボタンのホールド。ホールド中はオプションからも弾は出ない
防御:敵弾をオプションで消すことができるが、オプションの位置制御は移動と兼用のため難しい
パワーアップ:4種類(内容は選択した自機による)3段階。飛来するアイテムの取得のみで行われる
本作の先行タイトルとしては、自機の溜め撃ちや無敵のオプションのパワーアップ、そのオプションの動きなどはアーケードの『R-TYPE』(1987年)や『ラストリゾート』(1991年)などの延長にあり、自機の移動と独立して任意の方向にショットが発射できるメカニクスはループレバーの『怒』(1986年)や、メガドライブで移植版も発売された『ロストワールド』(1988年)の系譜に連なると思われます。当時のCS1研には他タイトル研究用に家庭用NEOGEOがあり、『ラストリゾート』もよくプレイされていました。
ゲームの難度調整は、オプションの撃つサプウェポンの強さ、及び敵の種類と数、出現場所の調整によって行われました。
弾避けに自信のあるプレイヤーはサプウェポンに赤の誘導レーザー、または青の全方位弾を選ぶことで、本作最大の難関「オプションで敵を狙う」ことが不要となります。青の誘導弾は防御に強く、ゲームに慣れるまではこの武器で「とにかく全方向で敵弾を消す」ことで先に進めるようになります。
自在にオプションの方向が操れるようになったら、個人的なオススメはイエローの連射弾。多くのステージで爽快なプレイが楽しめるかと思います。
本作は敵弾の速度が遅いこともゲームデザイン上の特徴で、油断するとあっという間に画面が敵弾だらけになるため、「操作に習熟して、敵弾をオプションで消し続ける」or「敵の出現位置を覚えて、撃たれる前に敵を倒す」攻略が有効です。どちらも繰り返しプレイを前提とした、家庭用向けのゲームデザインと言えます。
1ボタンのみのシューティングゲームにどこまでの自由度とメカニクスを詰め込めるか?という観点から本作をプレイしてみるのも面白いのではないでしょうか。
(以下2023/05/13追記)
前述の通り、本作のゲームデザイナーと呼べるのは、中川徹氏と磯田重晴氏になります。プロトタイプ版の操作は2ボタンで、ショット以外のボタンは「押している間はオプションが自機から離れて、自機の周りを自動で回転する」機能だったそうです。
想像すると、やはり『R-TYPE』や『ラストリゾート』、よりラディカルなら『ヘルファイアー』(1989年)やサンダーフォースシリーズ的な、「正面攻撃とそれ以外への攻撃と防御とを随時切り替えていく」ゲームだったように思えます。「多方向攻撃と防御が一体となった操作系を駆使する」本作製品版の独特の操作感は当初から意図されたものではなく、制作の過程で生み出されたもののようです。
SiFi-TZKの役割とこだわり
1992年の新卒で入社し、「シューティングゲームがやりたい!」とアピールしていた筆者は、新人研修後の同年4月末ごろからプロジェクトに参加しています。
新人の仕事はROM焼き(書き換え可能なEP-ROMにプログラムを書き込んだり消去したりする仕事)が主で、他にゲームをプレイしてのバグ報告、後にはゲームの難易度に関しての提案などを行っていました。
自分の提案が採用された例としては、敵がほぼ弾を撃たない練習モード「PRACTICE」があります。
元々は「これだけ難しく地形も敵なゲームなので、EASYは敵弾ナシでもいいくらいです!」という提案でしたが、「それでエンディングまで行けてしまうのは問題」となり、5面で終了するPRACTICEが新設された、という経緯があります。
スタッフロールには、ALSO THANKSとして「SiFi TZK」が掲載されており、これが自分の初クレジット作品となります。
セガの期待作『ランドストーカー』(1992年)の影に隠れて満足な宣伝もなかった本作は、残念ながら売れ行きは芳しくなく、ゲームショップのワゴンで新品1000円程度で売られるようになりました。自分の初仕事は誇らしくもほろ苦い経験でもあります。
エピソード
街面のビルを壊して登場するボスの「ピーケイ」は当時CS1研が入っていた「PKビル」が、森林面に登場するカニの多関節キャラの「ナカガー」は当初のメインプログラマ中川氏(または当時のAM1研の中川部長)が、同じく森林面ボスの「イナティソ」もCS3研の押谷部長(OSITANIを逆にしてINATISO)が、それぞれの元ネタです。こういったネーミングのお遊びは当時のセガでは当然のように行われており、本作を制作していた当時のCS1研の金成部長も、過去に参加していた『スペースハリアー』(1985年)で敵キャラ「カナリー」として登場しています。
本作の開発中タイトル「Hazard」は日本では商標の関係から『クライング』(磯田健一郎氏が別名でケイブンシャから出版した同名小説のタイトルから)になり、海外では「Hazard」だけではわからん、ということで『Bio-Hazard Battle』となっています。カプコンの大ヒットタイトル『バイオハザード』(1996年)に先駆けて「バイオハザード(生物災害)」をタイトルに冠したゲームでもあります。
現在購入できるSteam版(海外バージョンとなっている)の価格はなんと¥98!!(2023年4月現在)低音の出るスピーカーかヘッドホンを用意して、この徹底して人間が出てこない、敵も味方も虫と魚と怪生物ばかりが登場する独特な世界を楽しんでみてください。
(以下2023/05/13追記)
プロトタイプ版の当初の仮タイトルは『GA(Genetic Algorith)』だったそうです。
最後に、今回の記事作成にあたって、元CS1研の石川さん、安東さん、戸谷さん、そして本作ディレクターの磯田重晴氏に多大なご協力をいただきました。ありがとうございました!お礼は、なにか旨いものでも。
言うまでもありませんが本稿の文責はSiFi-TZKにあり、内容の間違いは筆者に非があります。間違いを見つけた方はご指摘をいただけますと幸いです。
今回は駆け出しの新人時代の話で、ブログの主目的の「現場でゲーム仕様をどう決めているか」はほぼ未達成でした。次回以降は改善されます(本当です…!)
次回は、現代に戻って『テトテ×コネクト』(2021年)を取り上げます。